「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成27年7月13日〜9月13日】

 掲載号等  【第51号】:平成5年4月20日  

 河野太通老師
 祥福僧堂師家 【掲載当時】
 
 禅の生死観(その3)

 第22回 実践布教研究会より青年僧の課題
 

※その1はこちらをご覧ください。
※その2はこちらをご覧ください。
 

広大無辺のいのち

私は今、神戸に住んでおるんですが、私が今おります寺の境内をよく悪童時分に遊んだということを言っておられた詩人竹中郁という人かおりました。この方は、先年五十七才で亡くなりましたが、この方の詩に『伝言板』と題する晩年の詩があります。

・・・先に行く

二時間も待った  A・・・

それは神戸駅か三ノ宮駅なのか知りませんけれども、そこの伝言板に実際にそういうことが書いてあったんでしょうね。その伝言板の文字を見て、竹中さんは詩人らしい発想展開があったわけであります。

「先に行く

二時間も待った A

恋人どうしか

ただの友達どうしか

先に行く先に行く

俺も何かを待っていたが

とうとうこの歳になっても

来なかったものがある

名声でもない革命でもない

もちろん金銭でもない

口で言えない何かを待った

今 広大無辺な大空に書く

白い白い雲のはねペンで書く

先に行くと」

こううたって、昭和五十七年三月七日に逝かれた。ああ、これは遺言だなあと思いました。この伝言板のAは、友達を待っていたけれども、待ちきれずに先に行くということですが、「先に行く」、他人ごとじゃないって訳ですね。皆待ちきれずに先においでになる。今日も何人か先においでになる方があるわけですね。今朝、寺を早く出たんですけれども、下の寺でお葬式の支度をしていました。先に行った人があったわけです。

「俺も何か待っていたが

とうとうこの歳になっても

こなかったものがある」

「髪ヲ垂レテ白キコト、絲ノ如シ」になるか、ならんか。何かを待っていたけれど、とうとう今だにこなかったものがある。それは、

「名声でもない革命でもないもちろん金銭でもない囗で言えない何かを待った」

本当にそうですね。何かを漠然と待っておる。そう言われてみれば、そういう気がする。「あすなろの木」のように、明日はひの木になろう、明日こそはひの木になろうと思いながら、遂にひの木になれずにいる。

この詩の作者の竹中さんは、それならば「待ちぼうけ」のお百姓さんのように、本当に待ちぼうけで終わっちゃったんだろうか。

「今 広大無辺な大空に書く白い白い雲のはねペンで書く」

竹中さんが、私の思うようなことを意識していたかどうかは分かりませんけれども、その待っておったものに、竹中さんは会えていたんだと思う。

「広大無辺な大空に書く」

広大無辺な大空が、竹中さんの伝言板でありました。その伝言板こそ、即ち広大無辺な虚空のようないのちこそ、詩人が待ち望んだものに違いない。そして、それに出会えない人々に先に行くと伝言して竹中さんは逝ったんだと、そのように私には思えるんです。名声でもなければ、世の中を革命するわけでもない。お金でもない、財産でもない。大きな、すべてを抱含して、すべてのものがそこに帰っていく、大きないのちを誰しもが漠然と、その自覚を、充実感を求めて待っておるんだと思います。そういういのちを実感することが、一大事だと思いますね。生死を越えるとか、幸せを求めるとかいうことは、こういうことだと思います。一休さんは、

「死んだとて

どこにも行かぬ

ここにいる

呼んでくれるな

返事はせぬぞ」

という詩をうたっておりますけれども、「死んでここにいる」というこことは、竹中さん流にいうならば、「広大無辺な大空のようないのち」が、遍満するこの世界の今、ここの随処でありましょう。

 

 

投げ入れる

道元禅師がいいことをおっしゃっております。

「ただ我が身をも心をも 放ち忘れて、仏の家に投げ入れて、仏の方より行われて、これに従いもてゆく時、力も入れず、心をも費やさずして生死を離れ仏となる。」

ただ心身両方を、忘却して仏の家に投げ入れていく。仏の家は広大無辺な虚空のごときいのちの世界でありましょう。

「力も入れず、心をも費やさずして、生死を離れ仏となる」

力も入れず、心をも費やさすとは、肝心なところでありましょう。そして投げ入れる。禅門はとかく他力門の方々から自力宗と言われて批判されるんですけれども、禅門は自らを自力の宗教だということは祖師方も誰も言っておりません。それは浄土の方のおっしゃりようで、そう言われてみればそう受けとられるという面もあるわけですが、この道元禅師のお言葉を受けとって頂けるならば、決して禅もおっしやるような自力でないということはお分かり頂けるのではないかと思うんであります。

宗教のいきつく真実というのか、そこは他力自力を越えた、投げ入れるというところが究極のところじゃないかと思います。そして投げ入れること自身もやはり大きなこの世界の真実、真理に催されてのことであるという

ふうに思うんであります。ですから、道元禅師は「礼拝」という詩をうたって、

「伏草も 見えぬ雪野の白鷺は おのが姿に身を隠しけり」

冬になって、野原の草が枯れて地に伏し倒れ、その上に雪がほっこり降り積もっている。白一色の世界。そこに白鷺が舞降りると、自分のからだの白さで、力もいれず、心も費やさずに自ずから、雪の白さに隠れてしま

う。どこが雪やら、どこが鳥やら分からなくなってしまう。しかし、鳥は鳥だし雪は雪だ。同じものじゃない。違ったものでありながら、融合して一つの世界におさまっている。これが投げ入れるということ。これには

力も心をも費やす必要はない。力を入れることは、かえって邪魔になる。この時、生死するまま生死を離れ、広大無辺な虚空のごときいのちの仏の世界に融合される。仏を礼拝するというとは、こうゆうことでなけげなりますまい。念仏も坐禅もまたこういうものでなければならないと思うのです。



(・・・次号へつづく)


次号は平成27年7月20日頃より2ヶ月間掲載予定です。